生産性は低いものの 多少頑張ってるふりはしてる。 最近 ●●に似てる ●●みたいと言われることが多く 素直にうれしい。 僕が尊敬し、少しでもああい...

がおー。

Update:2008-05-29 (木)
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生産性は低いものの 多少頑張ってるふりはしてる。
最近 ●●に似てる ●●みたいと言われることが多く
素直にうれしい。

僕が尊敬し、少しでもああいう存在になりたいと毎日毎日思っている人たちだから。

そういった目指すべき先人たちがいることが僕のモチベーションになってる。

僕もいつかこのくらいのインパクトを後世まで残せればとても素晴らしいな、と心から思い、悔いなく死ぬことができる。

つまり 僕は人生の長短ではなく、強弱、濃淡とでもいおうか そういうところが最大の価値基準、いや生存基準になっている。

だから むやみに80歳、90歳とかまで長生きしても、
その道程に僕が考える意味、価値が無いとすると
全くもって意味の無い『生』、
怠惰的生涯でしかないことになる。

一方で この瞬間死んだとしても、そこに意味があったなら 一片の悔いすらも存在しえないだろう。
正に完璧な生と死の完結となる。

ま、でもまだまだなんで 実際死ぬわけにはいかへんやけどな。

国のエリートと言われるこ人たちですら、
政治、ビジネス問わず、ほとんど世界では通用しない現状って、超危機感がある。

幕末明治初期、先の大戦や戦後の復興など
稀有な人物たちが私心などを超越して
ただそれぞれの志に従って行動した。

限られた国力、圧倒的な経験値の差、
そういった現実すらも直視し、
ただ使命感のみに突き動かされ、貫徹してきた。

そこで個人の命の長短はただ一瞬の断絶でしかなく、
その志は常に時代の連続性の中でつながれてきた。
そして今この国をみて、彼らは何を想うだろう。。

同時に、一部の英雄たちの陰でいったいどれだけの人たちがその才能すら使えずに消えていったのかと思うと、
ほんとマジで生きていることすら申し訳なくなる。

こんな 甘っちょろい世界で生きてる僕なんて
大して価値なんて無いのは当然分かりきっていて
ほんともう情けなくなる。

だからこそ少しは世界のために生きれれば本望。

自分のためとかそんなんまじチープでカッコ悪い。
ただ申し訳ない気持ちから、僕は突き動かされている。

こんな世界を守る為に彼らは死んだわけじゃないし、
こんな世界を彼らは望んだわけじゃないだろう。

僕は泣き出したくなる位に日々、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。少しでも 先人たちの遺志に報いたい。

ただそれだけ。

『その為に何ができるのか?』

僕の存在理由はこの一点に収斂される。
今までも、今日も、そしてこの生が尽きるまで普遍だろう。

さて、携帯じゃ疲れたのでこの辺で終わっとく。

丸田勝也 公明正大に、誠実に。
あなたの考えを聞かせて下さい
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