東南アジア滞在記 ⑪ 概念、仮定、無意識下での庇護とクリリンとホルマリン漬け
海外の人と日本人では、
財産、お金についての概念がちょっと異なると思う。
なんかね、子供とか、あるいは、
赤ちゃんを連れた女の人、おばあちゃん、おじいちゃん、
身障者などが 小さなバケツを持って、
物乞いなどをしているのを見ると、なんかそう思います。
そういう風景にも慣れました。
僕がたとえば、こういう人たちに、
100ドル紙幣を一枚あげたとしよう。
じゃ、いったいどういう反応をするんだろうかなーと思う。一万円強だから、大学生の僕にとっては大金である。
だけれども、そんなにがーがー言う金額でもないのは事実。3~5万円のモノやサービスを喪失したとしても、
くそーっ!!!!!!!!
むかつくーーーーーーーーーーーー!
さいあくやーーーーーーー!
へこんだわーーーーー
とかのレベルですよね。
おそらく普通の日本人は皆、
その金額の大きさに大小あれども、あるものを失っても、
生きていけないほどのショックなどは無いと思います。
あったとしても、所詮クチだけですよね。
それには、潜在的な無意識下での庇護を感じているからだと思う。これはあとで書きます。
しかしながら、ここはなんだか必死感がある。
もちろん、貧富の差が激しいのだろうが、
なんだか僕は恵まれすぎている。
健康保険もあるし、
家もあるし、お金もあるし、仕事もあるし、選べるし。
失業したとしても、保険あるだろうし、最悪、いろんな感じで国とかなんかが保護してくれる感じがする。
もちろん満足できないかもしれないが、餓死とか病死とかは日本では考えられない。
ここでは生と死を深く実感できるし、
生きるという意味の本質的なとこを、おこちゃまな僕でも少しは感じることができる。僕はずっと、会社や国に依存することなく独立した力を身につけることを考えていたけれど、
知らず知らず、その庇護を直接に受けていなくても、
どこか心の拠り所としてかなりの恩恵を受けていたと
気づいたのです。
まだまだでした。
日本にいたときも、自分の力なんてごみくずみたいなもんだと思ってましたが、そんなもんじゃなかったです。
僕は一人で生きてなんかいなかった。先進国の恵まれた傲慢な人間でした。もっと何かを強制的に喪失させないと、
僕は僕の尊敬する人たちを超えることはできないのかもしれない。
わかりやすくいうと、クリリンがフリーザに殺されちゃってやっとスーパーサイヤ人に目覚めた悟空みたいになるには、それだけの喪失感や安心感などを断絶し、怒りや不安や恐怖を
生身で感じないといけないのかもしれないっっちゅうことです。
ま、とにかく、明日は、あのアメリカを追い出したベトナム人たちのすごさを垣間見てきます。
あ、戦争博物館はすごかったよ。
ま、どうこう言うつもりは今はあんま無いけれど、
ホルマリン漬けの奇形児はすごかった。10センチの距離で5分は見てました。憶測などではなく、事実はすべてを物語りますね。
以上。