『4年前の僕』
遠くはないけど近くもない。
そんな日々を少し振り返ってみた。
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~序章~『ワールドカップで思うこと。』
現在、ドイツでワールドカップが開催されている。
わが国日本は惜しくも決勝トーナメント進出は出来なかった。
しかし、前回大会、そう2002年の日韓共催のワールドカップ。
僕は予備校生だった。
大阪上本町にある河合塾大阪南校にて受験に向けてがんばっていた。
ほとんど試合は見なかった。日本とトルコ戦。
これを街角テレビでほんの少し見た記憶がある。
それから4年たったんだなあ。
4年前の僕は何ももっていなかった。
ただがむしゃらに勉強していた。
だけど、辛さは全くなかった。
楽しかった。
予備校による、効率的な学習システムが心地よかった。
体系的なサイクルになっており、偏差値40ぐらいだった僕も、
一年で偏差値60台半ばまで到達した。
各種、終盤の模試ではかなり上位にランクインし通用するという実感に浸っていた。
ひたすら机に向かう毎日。
朝7時~8時には起床。
電車の中で英単語帳を開く。日本史のプリントを眺める。
9時過ぎには、自習室にいる僕の姿は定番 だった。
一番乗りのことも何回もあったし、大体座る位置も決まっていた。
ここはクーラーが直接当たるから寒い。
電気がちょっと暗い場所。
入り口付近はうるさくなる。
あのへんは高校生が増える。
奥に行くと、出にくくなる…
今日はあの自習室管理の人はあの人か…
とか。
無駄なノウハウが増えたけど、5時間、8時間といると、
こういうことは大事になってくるわけだ。
僕に昼休みは無かった。
食事はしない。
この時期の僕の食事はというと、
一日2食、朝と晩。
大量の野菜スープと納豆などが中心。
減量中でもあったからだ。
お風呂上りにはいつも立ちくらみをしていた。
がんばって意識を保とうと思っても、
気づけば天井を見ているという状態がいつもいつも繰り返された。
こんな僕でも、たまに友人の付き合いで昼食にいった。
『友人A:おお!今日は丸田くるんや!』ってな感じだった。
それまではみんなが食べてるときに僕は単語帳を手に持っていた。
夜は10時まで。そして電車内でも単語帳とテストの復習。
こんな毎日だった。
こうして、
4年前の春、僕はどこかほんの少し罪悪感と後ろめたさを抱え、
自分の能力に不安を抱きながらスタートした。
自分の能力に対する不安ばかりで自信など全く無かったが、
結果が伴うことにより、次第にこの状況は改善されていった。
しかし、予備校生というモラトリアム的身分であり、
社会的に胸を晴れるというわけではない現実。
行き帰りの電車内、サラリーマンやOL、学生…
僕はただひたすらプリントに目をやっていた。
『特殊な存在者』であるという現実を肌に感じながら。
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